師厳道尊に生きる! 日蓮本宗 本山要法寺

お寺の歴史

 

 

本山要法寺の略史

高祖日蓮大聖人の教えを受け継ぐ日尊上人が、前人未踏であった西国弘通を志されたのが始まりで、正安二年(一三〇〇年)秋から全国布教活動に歩かれるようになり、その拠点として延慶元年(一三〇八年)京都に法華堂を建立されたのが要法寺の起こりです。

 

それ以来の歴史をたどってみると天文年間には天台宗徒による法難に遭い、大阪堺に一時避難。天正十九年(一五九一年)には町割の整理実施により寺町二条移転。宝永五年(一七〇八年)京都大火では類焼。その後東山三条に移転し現在に近い一応の堂字の形を整えるができましたが、寛政年間には宗外から法難をうけたりもしました。

 

明治三十二年(一八九九年)にいたり正統を受け継ぐ「本門宗」と宗名を公称するようになりましたが、昭和十六年(一九四一年)政府の思想統一により日蓮宗との合同を強制され、第二次世界大戦後もしばらくその状態が続きました。しかし、日蓮大聖人の正統を受け継ぎ、日尊上人が要法寺を開創された意味にかんがみ、昭和二十五年(一九五〇年)独立して「日蓮本宗」をして名のり、布教活動の本拠地としての大きな役割を担いながら今日に至っています。

また、日蓮大聖人御真筆御本尊をはじめ、貴重な古文書、重宝などほとんど失うことなく今なお要法寺に格護されています。